
電子回路の設計実務において、まったく未知の回路を一から設計することは、稀なのではないでしょうか。多くの場合、参考となる回路例があるものです。
ICメーカのデータシートなどの技術資料には、典型的な使用例が示されていますし、種々の技術書籍にも参考となる回路を見つけることができます。あるいは、既に製品として「流れて」いる、実績のある回路の図面が、自社内にあるはずです。
実際の実務では、既存の自社製品の一部を設計変更して、製品の改良、仕様変更をすることが多いのではないでしょうか。新規製品の場合でも、部分的に既存製品の回路をそのままか、若干の変更を加えた上で設計流用することは、珍しいことではないでしょう。
「駆け出し」の回路技術者が最初に任される「設計らしい」仕事といえば、通常、このような既存回路の設計変更でしょう。新人育成の観点からも納得できる、良き慣行?ではないかと思います。
参考回路があったとして、どのように変更していけばよいかは、個々の回路ごとに考えなければなりませんが、一般論としては、参考回路の動作原理を理解することは必須ですし、回路特性も把握しておかなければなりません。そのうえで、要求される特性を実現する変更を行い、さらに、その変更が、他の特性にどのような影響があるかを調べ、問題がないことを確認しなければなりません。
抽象的な話ばかりでは、何の役にも立ちませんので、以下、「駆け出し」回路技術者向けに、非反転アンプ回路の設計変更例を解説してみます。
元となる参考回路は、シミュレーションファイル「非反転アンプ_参考回路.asc」を参照してください。この回路は、5V単電源動作のオペアンプによる、ゲイン=3の非反転アンプ回路です。入力にR3とC1によるローパスフィルタがあり、遮断周波数fc=16KHzです。入力レベル1V、出力3Vを想定した回路です。
使われているオペアンプは、CMOSタイプ、入出力レールtoレール、利得帯域積GBP=1.5MHz、スルーレートSR=0.5V/μS、出力電流5mA程度で、一般的な汎用品といってよいでしょう。
アンプの設計変更のなかで、頻度が高く、かつ、理解しやすい項目として、ゲイン変更を取り上げます。ゲイン以外の特性は、参考回路と同等とすることを目標にします。
ゲインをより小さくした回路をシミュレーションファイル「非反転アンプ_ゲイン減.asc」に収めてあります。ゲイン=1までは、原理図そのままですので、容易に理解していただけると思います。ゲイン=1.5の回路に違和感を覚える方が居られるかもしれませんが、非反転アンプのゲイン計算式通りです。
ゲイン<1となると、オペアンプ回路だけでは実現できません。そこで、抵抗分圧を使い、オペアンプをバッファとして動作させます。
入力端で抵抗分圧を使ったために、ローパスフィルタのfcが変わってしまいますので、コンデンサの値も変更しなくてはなりません。分圧抵抗に10KΩ×2を使い、コンデンサを2000pFとした回路と、分圧抵抗に20KΩ×2を使い、コンデンサを1000pFのままとした回路を示してあります。特性は同じですが、どちらを採用すべきでしょうか。2000pFを2200pFとして問題がなければ(その可能性が高いと思われます)、10KΩ+2200pF、問題があれば20 KΩ+1000pFとなりそうですが、回路上の優劣ではありません。部品の入手性などの関係ですので、各社それぞれで事情が異なることと思います。
ゲインをより大きくした回路は、シミュレーションファイル「非反転アンプ_ゲイン増.asc」に収めてあります。ゲイン>1ですから、原理図そのままです。なお、「ゲイン=6の回路は、ゲイン=6.1ではないか!」といったクレームは受け付けません。ゲインの絶対値が正確であることを要求されることは滅多にありませんし、抵抗値の許容誤差を考えれば、これで妥当な設計です。
ゲイン=30の回路は、抵抗値の異なる2種類の回路を示しています。シミュレーションでは、有意な特性の差は現れません。オペアンプ回路の帰還抵抗値には、かなりの幅が許されるものですが、私ならば、3.3KΩと100 KΩの組み合わせを採用します。理由は単純で、よく使う抵抗値だからです。
高ゲインとした回路では、オペアンプ自体の周波数応答に注意しなければなりません。利得帯域積GBP=1.5MHzのオペアンプでゲイン=30ですから、1.5MHz /30=50KHzまでとなります。今回の回路では、fc=16KHzですので、十分な余裕とは言えませんが、何とか動作しそうです。
今回は、非反転アンプのゲイン変更を解説しましたが、今後、他の例についても取り上げるつもりです。なお、「駆け出し」という表現に不快感を抱かれた方が居られたならば、お詫びします。他意はありませんので、ご容赦ください。
今回取り上げましたサンプルファイルを使うには、リニアテクノロジーのサイトよりLTspiceIVをダウンロードしてご利用下さい。